高熱によるショック状態のまま救急車で病院に運ばれ、入院となっての三日目の朝だった。 雀の鳴き声にベッドから起き立った。障子を 開けるとさわやかな五月の空が広がっていた。 窓の下は別棟の屋上で一面に玉砂利が敷かれ、 奥には大きな冷暖房の屋外機が六基置いて ある。そのあたりから雀が二羽出たり入ったり しながら空(くう)を舞っていた。
ホッとやすらぎを覚え、見舞いにもらったパンをちぎって五、六個窓から なるべく遠くへ、雀に見えるように投げた。雀が来てくれるのを楽しみに、 窓にもたれながらひたすら待った。時間はたっぷりある。
ところが舞い降りてきたのは黒々と色艶の良い大きな鴉だった。どうにも なじめない鳥 だ。シーシーと声に出して追っ払ったが、なかなかどうして 堂々たる素振りで動じない。そして大きめのパンをくわえて建物の壁の上に 飛んだ。そこでパンを食べて屋外機の方へ歩き始めた。ソロリ、ソロリじぁなく、 ノッシ、ノッシと。
二羽の雀はさわがしく鴉のはるか上空を舞い、そのうちの一羽が見張番の ように屋外機の上にとまり、鴉を見据えている。
雀と鴉の、傍目からは全く勝負にならないような睨み合いが続いた。
私も息を呑んでこの情景に見入った。
鴉が動いた。このにらみ合いを無視して、二歩、三歩と屋外機のほうへ 歩き始めた。
その時、私はすごいものを見てしまった。身体の大きさは二~三十倍も あるだろう鴉に向かって、小さな雀が体当たりの如く鴉の顔すれすれに 急降下して威嚇したのだ。
予測すら不可能なこの雀の行動に、しばらくは驚嘆と感動で身体の震えが 止まらず、しばし呆然としていた。
鴉は歩みを止め、ほどなくその場から消えた。
ああ、きっと雀はあの屋外機の後ろで子育てをしている最中なんだろうと 気付いた。人間の驕りと思慮のない自分の行動に衝撃を受けた。私の 浅はかな行為が鴉を呼び寄せ、親雀にどれほどの恐怖と苦痛を味わわせて しまったことか。降りられるものなら屋上に降り、そのパンを拾い集めたい 思いで一杯になった。
雀達が一刻もはやくこのパンを食べてくれることを祈るしかなかった。
夫から電話がかかった。 「無理するんじぁないぞ、大事になぁ」