過去の掲載内容をご覧になりたい方は
こちらをクリックしてください

 

 まだ雪の降っていない十二月のある日、小さな細く暗いトンネルを抜けて
彼らは我が家にやってきた。しかもちょっと遅刻気味に…。




 それは、一年余り待ってようやく叶った私の願いだった。


 我が家には三歳になるトイ・プードルのメスがいる。名前は『あんず』。
純和風な我が家になぜフランソワーズなトイ・プードルなのかはここでは
追求せず、あんずもまたその外見と裏腹に、煮干しと田んぼ道をこよなく
愛する純和風な子だ。


 末っ子の私もアラサ―(around30)に近づき可愛げもなくなり、あんずが
来たその瞬間から、小さくてひょこひょこ付いて歩くこのこが家族の愛情を
独り占めするのは当然で、時に犬という存在を忘れられるほどに可愛がられた。




 そんなあんずも二歳になり、人間の年齢だといきなり私と同世代。
犬だけれど、我が子のように可愛い子ならその子供を見たい、遺伝子を
残したいと思うのも自然な流れで、交配を考えるようになった。同じ犬種
であることはもちろん、血統、毛色、体格や健康状態、性格など、時に
我が身の相手探しよりも何倍も慎重に探した。おかげで三歳年上の
かなりのイケメンが見つかり、すぐさま“岸和田だんじり”をバックに
お見合いをした。しかし結果は惨敗。箱入り娘で育ててきたあんずが
極度の犬見知りだったのだ。おまけにナニワのイケメンもこれまで
全戦全勝だったはずが、あまりの振られっぷりにかなり落ち込んだとか…。
犬の世界も難しい…。絶好のお見合いチャンスを逃した私たちは、
次回のお見合いチャンスがやってくる1年後に希望を託した。




 そして待ちに待った1年後…。三歳になりちょっと大人になったあんずと
ともに、再度ナニワのイケメンに猛アタック。今回はかかりつけの獣医さん
にも協力頂き、とっても仲良くなれた様子。見事イケメンをゲットできた
あんずに、私はちょっと羨ましく、そして1年越しの思いが実るように祈った。


 あれから三十日後、何となく膨らんでいるように感じるお腹にエコーを
当ててみる。
「ほら、ここ。一、二、三…。三つ入っているよ!」
小さなお腹にホントに小さな丸が三つ、それらは確実にドキドキと動いていた。
「できたー!!」
診察室に響く自分の声にちょっと恥ずかしくなるほどわが身のごとく叫んで
しまった。犬は約六十日で出産する。妊娠六週目になるともう骨格が
整ってくる。レントゲンを撮ると、小さな恐竜の化石のように三つ並んで
写っていた。ただ骨が写っているだけなのに、それがとても愛おしく思えた。
それにしても、なぜみんなあんずと同じ方向を向いているのだろう。
その理由は後々…。


 お腹もお乳もパンパンに張った十二月四日深夜、予定日を二日過ぎて、
ついにその時がやって来た。陣痛が始まっているのだろう、部屋中を
うろうろ歩き回るあんず。犬は出産が近付くと一番安心して出産子育てが
できる場所を探すという。何冊もの本を熟読し、事前に作っておいた産箱に
誘導する。私なりに完璧に準備していたのだ。それにも関わらず、そんな
私の思いもむなしく、そこには見向きもせず、なんと私の毛布(寝床)の
上で破水し始めた。私は叫びたい思いを飲み込んで、今日ばかりは
あんずにエールを送った。


 数分が過ぎた。しかし、あまり変化がなく何か様子がおかしい。獣医に
連絡すると、すぐに連れてくるようにと言われ、いつも以上に安全運転で
病院へ車を走らせた。深夜にも関わらず、猫の手術中だった先生の
足元で同時進行で私がアシスタントとなり、あんずの出産の実況中継が
始まった。だんだん息遣いが荒くなってきたあんずの様子から先生が、
「お姉さん、そっちどう?そろそろ頭出てきた?」
と横目で問いかける。
「…先生!足の裏が見えるー!!」
と私が叫ぶ。そう、頭ではなく足が出てきたのだ!!小さな小さな肉球が
出てきた。
「逆子かぁ!」
驚く先生の足元で、初めてのことでわけが分からず力むあんずと足から
上がなかなか出て来られない子供。そしえただあたふたする私。逆子と
いうことは、時間が経ちすぎると体内で窒息死してしまう恐れがあるのだ。
先生は手術の合間をぬって、産道から子供をゆっくり回しながら引き出して
くれた。


 あんずの叫び声とともに、まず1匹目が出てきた。…あれ、泣かない。
泣いてない。遅かったのか?初産で戸惑うあんずの代わりに体を摩り、
口の中の羊水を吸い出す。お願い…“泣け!キィー!!”静かすぎる夜に、
何とも言えない甲高い声が響いた。泣いた!やった!!
その真っ黒い小さな彼は息をしたばかりだというのに、もうよちよち
歩き出し乳を探している。


 感動の真っ只中、休む間もなく二匹目が顔を出す。いや違う、顔じゃない。
また足だ!!
「また逆子!?」
ちょっと苦笑気味の先生が慎重に引き出してくれた。今度は顔を出した
途端に、元気なというよりはうるさいほどの泣き声。どうやら彼女はとても
おしゃべりな性格のようだ。


 よし、あとひと頑張り。相変わらず続くおなかの痛みと、ピーピーと我が身の
足元で泣くやつらの存在を未だ理解しきれていないあんずを擦りながら、
「あんずのために早く出てきてあげて!」
とのんびり屋な末っ子をせかす私。…やっと出てきた!あれ?
「やっぱり足だー!!」
「またぁ??」


 もうこのやりとりが当たり前になってきた。何はともあれ、手術をしながら
我が家の仔犬たちまで取り上げてくれたタフな先生のおかげで、
三匹とも無事元気に産まれた。それにしても、全部逆子で出てくるのは
珍しいのだとか。今になって思い出した。四十五日検診のレントゲン撮影の
写真、通常なら産道の方を向いている子供たちの頭が、そういえば
三匹ともあんずと同じ方向を向いていたっけ。“全員右向け、右”
だったのかな。まったく産まれる前からお騒がせなやつらだ。


 プードルという犬種は母性がかなり強いらしい。家族の愛情を一心に
受けてきた甘えん坊のあんずが母親になれるのか皆、心配したが、
そんな心配をよそに、トイレ以外は片時も子供から離れないほど
母性の強い母親になった。しかも、お乳をあげすぎて乳腺炎を
起こすくらいに…。この短期間にこれほどの成長を遂げたあんずに
一層の愛情を感じると共に、なぜか女としてはかなり先を越された
気分だった。


 そして現在、我が家には四匹のトイ・プードルがいる。おこりん坊で
ヤキモチ焼きの男の子、甘えん坊でおしゃべりな女の子、おっとり
だけどいたずら好きな男の子、そして私の愛娘あんず。いつの
頃からか、愛玩犬と称される小さく可愛いだけの存在が私の中で
ペットという枠を 超え、大きくかけがえのない存在、家族に変わって
いった。犬なのに大げさだなぁと思う人もいるだろう。でも犬だけれど
犬だからこそ、彼らは下手な駆け引きなしで私を無償に愛してくれる
存在であり、愛してあげたい存在なのだ。そう、その時が来るまで…。
彼らの歩幅はとても小さいけれど、確実に私よりも早く彼らの人(犬)生を
駆け抜けていく。私はそれら全てをひっくるめて彼らの人(犬)生に
これからも溢れるほどの愛情を注いでいこうと思う。犬なりに良い
人(犬)生だったと思えるように…。私が愛して止まない愛犬たち…。
彼らはそんな私の思いを知ってか知らでか、今日も私の隣で転がっている。


 そういうわけで、ここに完全な“犬バカ”完成である。




Topに戻る
   
     
2003 Yamauchi Seikei Geka Allright Reserved